「英語のスピードについていけない」 「単語は知っているのに、文になると聞き取れない」 「シャドーイングをやってみたけど、難しすぎて挫折した……」
リスニングに悩む学習者の多くが、一度は「シャドーイング(Shadowing)」という言葉を聞いたことがあるでしょう。同時通訳者の訓練法として知られ、いまや英語学習の定番となっています。
しかし、ただ漫然と英語をリピートするだけでは効果は薄いことをご存知でしょうか? 実は、シャドーイングには「プロソディ(音)」と「コンテンツ(意味)」の2種類があり、リスニング向上には前者のトレーニングが不可欠なのです。
本記事では、第二言語習得論(SLA)と脳科学の知見に基づき、「なぜシャドーイングで耳が良くなるのか」というメカニズムと、「脳に負荷をかけすぎない正しいやり方」を徹底解説します。
1. なぜシャドーイングでリスニングが伸びるのか?(科学的根拠)
シャドーイングとは、聞こえてくる音声を影(Shadow)のように追いかけて、ほぼ同時に発話するトレーニングです。 なぜこれがリスニングに効くのでしょうか? その鍵は「脳のメモリ配分」にあります。
リスニングの正体:「音声知覚」+「意味理解」
第二言語習得研究(SLA)では、リスニングのプロセスを以下の2段階で説明します。
- 音声知覚(Bottom-up Processing): 入ってきた音を単語として認識する処理。「/ˈæpl/」という音を「apple」という単語だと認識すること。
- 意味理解(Top-down Processing): 認識した単語と文法知識を使って、内容を理解する処理。「apple」=「赤い果物」とイメージすること。
認知心理学者のアラン・バドリー(Alan Baddeley)が提唱した「ワーキングメモリ(作業記憶)」モデルによると、私たちの脳が一度に処理できる容量には限界があります。 日本人の多くは、「音声知覚」に脳のリソース(ワーキングメモリ)を使いすぎている状態です。音を聞き取るだけで必死になり、肝心の「意味理解」に回すメモリが残っていない。これが「音は聞こえるけど、話の内容が入ってこない」現象の正体です。
シャドーイングの効果=「音声知覚の自動化」
シャドーイングの最大の目的は、「音声知覚」を無意識レベル(自動化)にすることです。
強制的に速いスピードで音を真似る訓練を繰り返すと、脳は「音の分析」を効率化しようとします。これを「自動化(Automatization)」と呼びます。 関西学院大学の門田修平教授らの研究によると、シャドーイングによって音声知覚が自動化されることで、脳のメモリが解放され、その分を「意味理解」に使えるようになります。結果として、英語がゆっくり聞こえるようになり、内容もスッと入ってくるようになるのです。
2. シャドーイングの2つの種類:プロソディとコンテンツ
シャドーイングには、目的別に2つの段階があります。「難しくて続かない」という人の多くは、いきなり上級者向けの「コンテンツ・シャドーイング」に挑戦してしまっています。
① プロソディ・シャドーイング(Prosody Shadowing)
- 目的: 音声知覚の自動化(音に集中)
- やり方: 意味は考えず、音のリズム・抑揚(プロソディ)・発音を完璧に真似ることに全集中します。
- 対象: 初級~中級者、リスニングが苦手な人。
- 重要性: まずはこの段階で「音の壁」を突破しない限り、意味理解のトレーニングは効果が出ません。
② コンテンツ・シャドーイング(Content Shadowing)
- 目的: 意味理解の高速化(内容に集中)
- やり方: 音を真似つつ、頭の中で意味や情景をイメージしながら発話します。
- 対象: 上級者、「音は聞こえるけど意味処理が追いつかない」人。
この記事では、まず初心者が取り組むべき「プロソディ・シャドーイング」の手順を解説します。
3. 【実践編】効果が出るプロソディ・シャドーイングの5ステップ
研究に基づいた、最も効果的で挫折しにくい手順を紹介します。 いきなりシャドーイングするのではなく、準備運動を挟むのが成功のコツです。
Step 1: 音源を聞く(Listening)
まずはテキストを見ずに、全体を通して聞きます。どのくらい聞き取れるか、現状の実力を確認しましょう。
Step 2: 意味を確認する(Mambling & Check)
ここが非常に重要です。スクリプト(台本)を見て、分からない単語や文法を完全に無くします。 脳科学的に、意味の分からない音をリピートしても、脳はそれを「雑音」として処理してしまい、学習効果が薄れます(認知負荷理論)。必ず「読んで分かる」状態にしてから次に進みましょう。
Step 3: オーバーラッピング(Overlapping)
スクリプトを見ながら、音声とピッタリ同時に読み上げます。 ズレずに言えるようになるまで繰り返します。これにより、文字(スペル)と音のギャップを埋めます。
Step 4: プロソディ・シャドーイング(Prosody Shadowing)
スクリプトを見ずに、聞こえてくる音だけを頼りに、2〜3語遅れて発話します。 意味は考えなくてOKです。「歌手のモノマネ」をするつもりで、リズム、強弱、息継ぎまで完全にコピーしてください。
Step 5: 録音して確認(Check)
自分の声をスマホで録音し、モデル音声と聞き比べます。 「リズムが遅れていないか」「弱く発音される音(弱形)が言えているか」を客観的にチェックします。これが修正(フィードバック)となり、上達を加速させます。
4. よくある失敗と「効果が出ない」原因
1. 教材が難しすぎる(i+1の原則違反)
「CNNニュース」や「洋画」など、難しすぎる・速すぎる教材を使っていませんか? 言語学者クラッシェンが提唱する「i+1(自分のレベルより少しだけ高い)」教材を選ばないと、脳がパニック(認知過負荷)を起こし、学習効果がゼロになります。 目安は「スクリプトを読んで8〜9割理解できる」「スピードについていける」ものです。
2. 「我流の発音」でボソボソ言っている
小声でモゴモゴ言っても、音声知覚は鍛えられません。 プロソディ・シャドーイングの肝は、英語特有の「強弱リズム」と「音の連結(リエゾン)」を再現することです。口をしっかり動かし、モデル音声をコピーしましょう。
3. スクリプトを見ながらやっている
スクリプトを見ながらの発話は「音読」や「オーバーラッピング」であり、シャドーイングではありません。 文字を見ていると、脳は「視覚情報」に頼ってしまい、「聴覚情報」を処理する回路が育ちません。仕上げは必ず「音だけ」で行ってください。
主な参考文献・先行研究
本記事は、以下の第二言語習得論(SLA)および認知心理学における研究論文・専門書を参照して作成しました。
- シャドーイングの効果とメカニズムについて
- Hamada, Y. (2016). Shadowing: Who benefits and how? Uncovering the effects of shadowing on listening comprehension skills. Language Teaching Research.
- Kadota, S. (2019). Shadowing as a Practice in Second Language Acquisition. Routledge.

Shadowing as a Practice in Second Language Acquisition: Connecting Inputs and Outputs (Routledge Research in Language Education) (English Edition)

シャドーイング・音読と英語コミュニケーションの科学
- Baddeley, A. D. (2000). The episodic buffer: A new component of working memory? Trends in Cognitive Sciences.
- Sweller, J. (2011). Cognitive Load Theory.
※本記事で解説した「プロソディ・シャドーイング」の概念およびトレーニング手順は、主に関西学院大学名誉教授・門田修平氏らの研究モデルに基づいています。
まとめ:シャドーイングは「耳の筋トレ」
シャドーイングは魔法ではありません。脳の回路を書き換える地道なトレーニングです。 しかし、プロソディ・シャドーイングで「音声知覚」を自動化できれば、ある日ふと「あれ、英語がゆっくり聞こえる!」というブレイクスルーが必ず訪れます。
まずは1日10分、好きな教材のワンフレーズから始めてみませんか?
「自分のシャドーイングが合っているか不安」な方へ
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