インターナショナルスクールやIB認定校への進学を検討する際、最初に出会うのが「PYP(Primary Years Programme)」という言葉です。
3歳〜12歳を対象としたこの初等教育プログラムは、日本の従来型教育とは全く異なるアプローチをとるため、保護者の皆様からはこのような不安の声がよく聞かれます。
- 「教科ごとの教科書がないって本当? 算数や国語はどうやって学ぶの?」
- 「探究学習(Inquiry-based learning)と聞くと、ただ遊んでいるだけに見えて心配…」
- 「漢字ドリルや計算ドリルをしないで、中学校以降の学習についていけるの?」
結論から申し上げますと、PYPは単なる自由保育ではありません。それは「概念(Concepts)」と「学ぶためのスキル(Skills)」を体系的に育てる、世界標準の高度なカリキュラムです。
本記事では、PYPの仕組み、教科横断型学習の具体例、そしてデータが証明する「学力」の真実について、専門的な視点から解説します。
1. PYPの核心:6つの「教科横断型テーマ」とは?
PYPの最大の特徴は、「国語」「算数」「理科」といった教科ごとの枠組みで時間割が組まれていないことです。
代わりに、6つの「教科横断型テーマ(Transdisciplinary Themes)」を中心に学習が進みます。
世界共通の6つのテーマ
PYPでは、以下の6つのテーマを毎年(学年ごとにレベルアップしながら)繰り返し探究します。
- Who we are (私たちは誰か): 自己、家族、人間関係、権利と責任など。
- Where we are in place and time (私たちはどのような場所と時代にいるのか): 歴史、地理、人類の移動など。
- How we express ourselves (私たちはどのように自分を表現するか): 言語、芸術、文化、感情表現など。
- How the world works (世界はどのように動いているのか): 自然界の法則、科学技術、社会への影響など。
- How we organize ourselves (私たちはどのように自分たちを組織するか): 社会システム、経済、組織、意思決定など。
- Sharing the planet (地球の共有): 環境問題、資源の分配、平和、共生など。

出典: International Baccalaureate Organization
教科はどう統合されるのか?
「テーマの中で教科を学ぶ」とはどういうことでしょうか?
例えば、「Sharing the Planet(地球の共有)」というテーマで、「環境と持続可能性」について学ぶ単元(Unit)を例に見てみましょう。
教科(科目) | この単元での学習内容(具体例) |
Science (理科) | 地球温暖化のメカニズムや生態系サービスについて、科学的な実験・観察を行う。 |
Math (算数) | 気候変動のデータを収集し、グラフ化や統計分析(平均気温の推移など)を行う。 |
Language (言語) | 環境問題に関する文献を読み解き(読解)、自分の調査結果をまとめて説得力のある意見文(Opinion Writing)を書く。 |
Social Studies (社会) | 世界の環境保護活動や、地域社会の課題を調査し、解決策を議論する。 |
Art (芸術) | 環境メッセージを伝えるポスターをデザインしたり、廃材を使ったアート作品を制作する15。 |
このように、PYPでは「算数の時間だからグラフを書く」のではなく、「環境問題を解決するためにデータ分析が必要だから、算数(グラフ)を使う」という文脈で学びます。
知識がバラバラに存在するのではなく、実社会の課題とリンクするため、「生きた知識(Deep Learning)」として定着するのです。
2. 授業スタイル:「探究サイクル」と子ども主体の学び
PYPの教室では、先生が黒板の前に立って一方的に教える姿はあまり見られません。代わりに、子どもたちが「探究サイクル(Inquiry Cycle)」を回しながら学びを進めます。
探究サイクルの4ステップ
- 問いを立てる (Question): 先生が答えを教える前に、子どもたちが「なぜだろう?」「もっと知りたい」という疑問を出し合います。
- 調べる (Research): 本、インターネット、実験、インタビューなどを使って、自分たちで情報を集めます。
- まとめる (Organize & Conclude): 集めた情報を分析し、自分なりの答えや結論を導き出します。
- 発表・行動する (Take Action): 学んだことをプレゼンしたり、実際にゴミ拾い活動をしたりするなど、実社会へのアクションにつなげます。
Student Agency(学習者の主体性)
このプロセスで重要なのは、「Student Agency(主体性)」です。
学ぶ内容や方法について、子どもたち自身が「声(Voice)、選択(Choice)、責任(Ownership)」を持つことが推奨されます。
「やらされる勉強」ではなく「自ら決めて学ぶ」経験が、高い自己肯定感と、生涯学び続ける姿勢を育みます。
3. 「基礎学力はつくのか?」への科学的検証
保護者の方が最も心配される「ドリルをしないで学力はつくのか?」という点について、世界的な調査データが答えを出しています。
結論:PYP生の学力は、標準以上です。
- 国際比較テスト(ISA)の結果:
2009〜2011年の調査において、PYP生は非IB生と比較して、「数学(Math)」「読解(Reading)」「文章表現(Writing)」の全ての分野で高い成績を収めました。
- 理科の成績(オーストラリア):
全国調査において、PYP校の児童は全国平均を上回る理科のテスト結果を残しています。
なぜ学力がつくのか?
PYPは「知識を軽視」しているわけではありません。各国の学習指導要領(ナショナルカリキュラム)で求められる知識は、6つのテーマの中に巧みに組み込まれています(POI: Program of Inquiry)。
単なる暗記ではなく、「概念(Concepts)」として深く理解しているため、応用が利きやすく、テストでも結果が出せるのです。
さらに、PYPでは知識だけでなく「ATLスキル(学習へのアプローチ)」を評価します。
- 思考スキル(Thinking)
- コミュニケーションスキル(Communication)
- 社会性スキル(Social)
- 自己管理スキル(Self-management)
- リサーチスキル(Research)
これらは、知識が陳腐化しやすいAI時代において、最も重要とされる「汎用的な能力」です。
4. PYPの集大成:「The Exhibition(エキシビション)」
PYPの最終学年(G5またはG6)では、学びの集大成として「PYPエキシビション(Exhibition)」が行われます。
これは単なる発表会ではありません。子どもたちが自ら社会的課題(貧困、差別、環境など)を選び、数ヶ月かけてチームで調査・研究を行い、解決策を提言する「卒業研究プロジェクト」です。
- リサーチ力: 文献調査や専門家へのインタビュー。
- 協働力: チームでの議論と合意形成。
- プレゼン力: 英語での論理的な発表と質疑応答。
エキシビションを終えた子どもたちは、中学生顔負けのリサーチ力と自信を身につけ、次なるステージ(MYPや中学校)へと巣立っていきます。
5. PYPの効果を最大化するために:家庭とELTの役割
PYPは、これからの時代に必要な「正解のない問いに挑む力」を育む素晴らしいカリキュラムです。
しかし、その自由度の高さゆえに、「言語力(英語)」と「探究スキル」の土台がないと、ただの「お遊び」で終わってしまうリスクもゼロではありません。
特に、英語が第二言語である日本人のお子様の場合、
- 「英語力が足りず、議論に入れない」
- 「リサーチの方法がわからず、ネットのコピー&ペーストになる」
といった壁にぶつかることがあります。
ELTのアプローチ
ELTでは、PYPに通うお子様が探究学習を最大限楽しめるよう、「Inquiry(探究)」の基礎体力づくりをサポートしています。
- アカデミック英語の補強: 探究に必要な語彙や、論理的な文章の書き方を指導します。
- 探究プロセスの伴走: エキシビションやUnitの課題に対して、「どう問いを立てるか」「どう調べるか」を一緒に考え、自走できるよう導きます。
PYPという最高の学習環境を活かすために。
学校だけではカバーしきれない「個別の探究サポート」を、ぜひご活用ください。








